会社の生い立ち

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会社情報
沿革
会社の生い立ち

創業期

創業者、初代社長の安部源平、弟・二郎によって昭和23年に「ユニオン電気商会」として創業。社名であるユニオンとは、兄弟で力を合わせて行くという意味が込められた。
敗戦後の岐阜において、部品を集めて作ったラジオや停電灯の販売と修理を始め、やがて戦後の復興事業の一つである観光バスの普及に着目し、川崎重工、中日本重工などを主な取引先としたバスラジオの受注により企業として成長の兆しを得る。アンテナの取付方法や振動対策、騒音対策などに独自の技術力を研鑽した。
間もなく帝国電波株式会社(現クラリオン)創業者である瀧澤左内氏と出会い、取引を開始する。数多くの観光バスへラジオの導入の実績をもとに、全国各地へ修理を主とした代理店制度を提案し、ユニオン電気は東海地区でのクラリオン製品の販売を担う事となる。

創業時の店内にて創業時の店内にて
創業者 安部源平創業者 安部源平

基礎形成期

ユニオン電気株式会社へと組織変更を行い、昭和30年代からの高度成長期には自動車販売の急速な伸長に伴い、カーステレオ、カークーラーなどを主な商材として順調に業績を伸ばし、岐阜を初め、名古屋、津、四日市、豊橋に営業拠点を増やした。
一方その頃「ダイキン工業株式会社」より空調機器の代理店として業務用エアコンの取り扱いの提案がある。自動車産業の普及拡大に続き、建築ブームの到来を確信し提案を受け入れる。幸い、社長・安部源平が岐阜信用金庫理事長の河合甚助氏との友好関係にあったことから、岐阜信用金庫忠節支店への水冷式ヒートポンプパッケージエアコンの受注へと繋がる。その後は岐阜信用金庫の全支店や、岐阜繊維街ビルへの100台の導入など、空調設備部門の基盤を形成して行う。
やがて、大垣市の東別院の新改築の受注を期に工事規模が次第に拡大するに伴い、昭和46年に「ユニオン電気株式会社・冷暖房部」を新設する。
この頃、岐阜国体(昭和40年)メイン会場の音響設備、岐阜県庁県内出先機関・役場を結ぶ防災無線の設置、岐阜市内のタクシー無線、岐阜県警察無線導入などにも携わる。
また、グループ会社である「東海クラリオン株式会社」は、昭和46年に、ユニオン電気の名古屋支店を事業譲渡し、自動車機器部門が独立・設立された会社である。

バスラジオの事業に成功バスラジオの事業に成功
名古屋への進出を図った初の営業所名古屋への進出を図った初の営業所
大垣東別院

発展期

ユニオン本社ビル

ユニオン本社ビル

昭和58年には、ユニオン電気より冷暖房部を事業分割し「ユニオン設備工業株式会社」を設立する。建築関係の法規制に対応した国家資格の取得を進めビル用エアコンの設置工事などより専門性の高い設備工事への領域を広げる。
建築総合設備企業として、空調以外にも給排水衛生、電気設備、上下水道設備、浄化槽設備、昇降機に至るまで業務拡大を行う。
平成7年には、ユニオン電気株式会社、ユニオン設備工業株式会社、合資会社安部工業所との合併を行い、現在の「ユニオンテック株式会社」が設立される。
平成20年、ユニオン電気商会の設立から始まり、グループ会社の東海クラリオンと共に創業60周年を迎えた。